御茶義理の人のにっき

御茶義理の人が1998年からつらつらと書き連ねているポルトガルなどの新着情報

時間

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2003/06/29
 どうしようもない。
 コミコミでしたが、行きませんでした。帰りイモーイにうちわと割引券を渡しました。
 HOMES に汚れたゴーグルを取り替えるために新しいのを買いに行きました。この前は一つ 180 円の単純な塩ビゴーグルだったのですが、今度は 980 円もする高いゴーグルですわ。それも接触面はスポンジ付きの高級なやつです。なかなか良いフィット感です。
 家に帰ってとらのあなのコミケサークル紹介にデータを送信。画像データを作らないといけないので、バナーにもなっているちくびの表紙にしておきました。 62 までは冊子だったのですが、前回からは html 形式の web データと CD-ROM 配布になりましたね。CD-ROM だと一枚 100 円もしないですから、そりゃこっちになりますわねえ。
 時間が出来たので病院へ行きました。休日なのに病院ってところからピンと来られるかたも居ると思いますが、おばあちゃんが入院しています。私は昔から誰でもだと思いますが、母と一緒にいて私の家とおばあちゃんの家は 2Km ほどの距離。毎日のようにタクシーで来て(あのころは年金も多かった。日本もきっともっと活気のある国だったと思う。)遊んでいました。近くの神社ではよくかなぶんなんか取りました。すごい優しかったおばあちゃんでした。同居していたおばあちゃんは人付き合いがうまかったのですが、自分の表現が下手でした。私のような人でした。でもこっちのおばあちゃんは、人付き合いは下手かも知らないけど自分の表現はうまいひとでした。素直に喜んで遊んでくれていました。そんなおばあちゃんが好きでした。
 病院に着くと、6 人部屋の奥に横たわっていました。生気の失った感じで、扉の外を見ていました。私が顔を近づけるとやっと私の存在に気づいたようで、でも現実かどうかその時はまだわからない感じで、名前を呼んでくれました。私が手を握ると、現実感が増したようですごく喜んでくれました。孫はやっぱりかわいいみたいです。子供は来て当たり前という感じがあるのでしょう。毎日母など 3 人の子供は行っていますが、今日が最高の笑顔だったそうです。病院では母と会いました。少し話しました。かすかな声しか聞こえませんでしたけど、それでも楽しそうに話しました。鼻や鎖骨からチューブも入っていない、見た目は普通の入院患者扱いです。ただ、ものを食べられない状態です。食べてもいいのですが、膵臓がダメになって消化出来ない状態なので栄養剤を 2 日連続うっているだけでした。
 体調が悪くなったのは今年の 2 月、ちょうど同居している叔父の減給と、もう一人仕送りしている叔父の減給と年金の減ったので収入がぐんっと減って、それから調子が悪くなったようです。直接の原因はもちろん違うとは思いますけど、なんかそんなのが無ければ、老人だから病気の進行は進んでいなかったかなあと思いますし。で、私が帰ってきたのは良かったんです。その時から日々目に見えて日数は迫っている状況です。体重が減り、疲れが溜まっていったみたいです。この前寿司を食べたときには、それなりに動いていましたけど、ほとんど食べられませんでした。それに、やっぱり病気して自分が動けないとストレスが貯まるようで、今までより少し短気になっていました。それでも 3 ヶ月前ぐらいまではなんとかなっていました。が、それから一気に来ました。私がノニジュースとかフコイダンを買っていたのはそのせいなんですけど、あほらしいなあと思いながらも買っていました。直ってほしいと言うよりは、「自分の出来ることをとりあえずやっておかないと後悔するからね」って感じが強いですね。望みは持っていますが、それよりは自己弁護みたいな感じですね。亡くなった後は確実に後悔します。その後悔を少しでも減らそうと必死にやるって感じです。そんな事をしていたのですが、ちょうどそれが切れたのが三日前。その日に崩れました。立てなくなりました。どうしようもないので、入院させてもらいました。
 本人には本当の病名は言っていないので気づいていないと子供達は言っています。その中には母も言っています。本人は糖尿病としか言っておらず、膵臓癌ということは隠してあるそうです。なので本人はわかっていないと言っています。でも違います。私は母が湯飲みなどを洗いに行った後話していたときに聞いたのですよ。「バイバイ、今日で本当のバイバイだね……」ってね。
 母が帰ってきてからはすごい元気になってくれました。冗談を言う人でないのに冗談を言ったりね。せいいっぱいって感じでしたけど、喜んでくれたことは非常にうれしいです。あとは私がへまをしなければいいんです。こういう風に保身な考えばっかりダメですね。でもねえ、父親の時の失敗は二度と繰り返したくないんですよね。前に同居の祖母が亡くなったときにも書いたかも知れませんけどトラウマになっていることがすごいあるんですよ。最期の時に「無駄だから点滴を外す」って動作をしたのに外してあげられなくて、そのまま悲しそうに亡くなったのは今となってはどうしようもないことなんですわ。
 こんな状態でも今の法律では 14 日以上の入院は出来ません。死にかけている、嫌ほとんど死んでいる人が寝ているのにわざわざ転院させて辛い思いだけをさせなければ成りません。それなら、14 日以内に亡くなった方が本人も楽になるなあなんて悲しい考えしか浮かばなくなります。すべてがおかしい、どうしようもない世界に生きている感じがしますね。絶望って感じですね。これぐらいで絶望とは安い気がしますが、おばあちゃんにとってはそうだとおもいます。
 同居していた叔父も長くもないかも知れません。もともとそんなにからだが強い方ではないし、精神的ショックはかなりなもんだとおもいます。それにリストラ問題で会社が揺れているそうですし……。
 私まで生きているのが辛くなりますよ……。
 そういや本来なら私はこの時期にポルトガルに行ってトマールのタブレイロス祭(Festa dos Tabuleiros)を見に行く予定だったのですが、なんか 3 月ぐらいから胸騒ぎがして予約取らなかったんですよ。5 月に病名を聞いてからは、7 月初旬から中旬だと思っていましたし。胸騒ぎってのは当たるのだと思います。特に死に近い人はそういうのがあるんじゃないかなあって思いますわ。本当は私は今日部屋番号も知らずに行ったのですが、なんとなく先に行っている母と偶然病院の外で会うって思っていったのです。そうしたら、本当にリップクリームを買うために偶然出てきて扉のところで会ったんですよ。死神くんがいるのかな。
 本日の気分:README! 更新されていませんね、ロックがかかっているとダメなのかな?:0 時間( 計 3 時間 ),明日のラッキーアイテム:時間

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2008/12/21 05:59:58adkalinsa44UwWiuSIkqiEWuthpK
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